NPO法人能島の里は、今治市・大島の宮窪町を中心として活動を行う地域おこし団体です。「宮窪瀬戸の自然(景観)」「能島村上水軍の歴史」「宮窪魚」「大島石」といった地元の資源を掘り起こし、それらの価値を再発見し、観光や産業への活用を目指しながら、多くの人に様々な形の「豊かさ」を提供していく活動を行っています。

データ

発足:2005年3月10日
名称変更:2013年 NPO法人能島の里を発展させる会→NPO法人能島の里
会員数:50名(2018年4月現在)

□NPO法人能島の里・前史
昭和60年代、全国に町づくり運動が展開され、 宮窪においても、昭和62年に町おこしグループが発足しました。このグループは30代の有志10名の自主活動で行われました。
「大河ドラマを呼ぶ会」をきっかけに、年々活動を広げ、水軍レースから歴史を活かしたまちづくりに取り組むようになりました。そして水産研究会が始めた漁師市のイベントとして実施された潮流体験には全国から観光客が訪れるようになりました。

(写真:漁師市)

多様な地元資源の発見

活動を進めるなかで宮窪の特長である「潮流」「魚」「石」そして「水軍の歴史」は除くことのできない要素であることに気付きました。
「潮流体験」は、十ノットを越える潮の速さが漁船に乗って体験できるアクティビティです。ハラハラドキドキ、最高のスリルが味わえます。また、海賊が海城として活用していた能島一周のガイド説明付きは海賊時代を彷彿させる演出です(現在は漁業組合が運営し、船を大きくして多くの方が乗船できるようになっています)。

(写真:初期の潮流体験)

また、宮窪瀬戸で捕れる宮窪魚は、激しい潮流で育つため、活きがよく身がコリコリとした食感で身は甘いのが特長です。

そして、大島石は世界でも花崗岩では最も硬い石と言われております。それは、鉱物が均質に入っているからだと言われています。開発された石の工具は大島石を試し石に使っていると聞いています。硬い石ほど光沢が出て、長持ちすると言われています。大島石は主に墓石として販売されていますが、墓石にならない8、9割の石に価値を付けたいものです。

海賊の歴史は古く、能島村上海賊が古文書に登場してくるのが14世紀からです。瀬戸内海を支配した大海賊と言われ、通る船から駄別料を徴収していました。また、大山祇神社に残っている彼らが詠った法楽連歌には、唐の題材をとするものがあります。これはまさに、中国との交易を示唆するものです。その証拠に宮窪から出てくる出土品には、東南アジアの物が多数あるのです。
私たちは、これらの取り組みから、普段私たち自身がおくる宮窪での暮らしの中に、この宮窪でしか味わえない豊かさがあることに気づきました。これからは、この宮窪ならではの豊かさを皆さんにお伝えしていきます。

宮窪の一画をエコミュージアムとして自然を整備し、都会には無い豊かさを形にするため、「潮流美術館」を合言葉としました。
「NPO法人 能島の里」の活動を多くの方に賛同していただけるよう努力していきます。