大島石シンポジウムに向けて(10/14)


石のカフェのテーブル



  来たる10月19日の「大島石シンポジウム」では、地質学(千葉昇氏)・建築学(長塚幸助氏)・民俗学(松田睦彦氏)からのアプローチから大島石の魅力が語られます。歴史学のアプローチにつきましては、小生の方から若干の解説をおこなう予定です。
  そもそも大島石の採石が盛んとなるのは明治期のことで、宮窪大島石材同業組合の販売主任をつとめた長井兼太郎翁の記録から、その動向がつかめます。今では高級墓石の原石としての需要が目立つ大島石ですが、近代においては建材使用も多かったようです。
 長井家の記録によれば、日本銀行本店(明治29年)・大阪心斎橋(明治42年)・赤坂離宮(明治42年)・石鎚神社大鳥居(西条市/昭和12年)に大島石が出荷されています。さらに、海南新聞(愛媛新聞の前身)の記事によれば、来島海峡の中渡島灯台(明治33年)にも大島石が使用されている可能性が高いようです。※以前は、国会議事堂にも使用されているという解説が地元誌に見られましたが、これについての確たる証拠は見つかっておりません。
  海南新聞の明治31(1898)年4月6日の記事には「大島宮窪及び余所国の石材は岡山県北木、山口県徳山と共に関西三大石山をもって並び称せらるるものなるが材料豊富、品質艶麗なるは大島石の特長なりといふ」とあり、その品質の高さが強みと分かります。この強みにつきましては、当日の千葉昇先生の発表にご期待下さい。なお、添付画像は、当日お披露目予定の石のテーブルで、「石のカフェ」に使用されるものです。詳細は、伊東建築塾生の長塚幸助氏の発表にて!


広報担当 大成