水軍レースの由来@ 〜まちづくりに賭けた男たち〜


今年のポスター




水軍レースの光景(スタートダッシュ)


出番を待つ小早船(流丸)


水軍ふるさと会の碑

○今年は7/31(土)開催予定
 水軍レースの季節到来!今年で第18回を迎えますが、すっかり、しまなみ海道の夏を彩る風物詩となりました。当初は、7月の第2日曜に開催していた同レースでしたが、平成の大合併以後は、7月の最終日曜日に日程変更し、昨年は大会史上初めて土曜日に開催…と、開催日ひとつとってみても、変化が見られます。
 さて、今年も当会は、水軍レースのボランティア・スタッフとして、大会当日のお手伝いを行う予定です。男性会員は、選手の誘導・整列係とスタート地点の補助が主な作業です。灼熱の太陽が照りつけるなか、脱水症状に陥りがちな作業ですが、宮窪町漁協様をはじめ、各種団体の多くの方々が、大会運営をボランティアで支えております。
○水軍ふるさと会の誕生
 当会が、微力ながらお手伝いをする背景には、会員数名が、水軍レースの発足にかかわったという、同レースに対する思いがあります。
 大分県の一村一品運動が、まちづくり・村おこしの成功事例として注目され、かたや、バラマキ財源のふるさと創生1億円が揶揄されていた頃(昭和63年宣言)、宮窪町では過疎化による高齢化が深刻な課題となっていました(当時の人口約4,600人)。この時、町内に住む40歳前後の男性約10名が集い、今では伝説となった“水軍ふるさと会”(初代会長/矢野久志)を結成します。
○NHK大河ドラマを呼ぶ会の発足
 彼らがまちおこしグループとして知られるようになるのは、城山三郎の歴史小説『秀吉と武吉』(朝日新聞社/昭和61年発刊)を原作とした、NHK大河ドラマの誘致運動でした(大河ドラマを呼ぶ会の発足/昭和63年6月)。新たな箱モノをつくらずとも、島には国指定史跡の能島城跡があり、愛媛県からも「能島水軍の里」のお墨付きを得ていました。ナンバーワンを目指すのではなく、オンリーワンを活かしたまちづくりに舵をきります。
 そこで、当時の橋でつながった3島5町の商工会青年部と連携し、“島民1人1枚出そう葉書作戦”を展開(大島・伯方島・大三島/吉海・宮窪・伯方・上浦・大三島町)。ふるさと会が船頭役を担いながら、各種イベントを通じて、署名&周知活動を行いました。5町持ち回りで行った“村上水軍勉強会”の最終回(平成元年8月)では、能島村上家直系子孫・村上公一氏を招いた講演会も実施され、運動は大いに盛り上がりました。
 一方、集まった葉書が1万枚を超えたので、代表がNHK東京本社を訪ねることに。一応、候補にはなっているとの回答を得るも、「船の復元に費用がかかる」や「当時の景観が地元にどのくらい残っているのか」などの課題が浮き彫りとなります。しかしその後も、誘致運動は続けられていきました。   【つづく】
 


広報担当 大成