鯛崎島の清掃活動A(12/20)


作業終了後



草刈作業


お供えもの交換


記念撮影


弁天さん

 鯛崎島の地理的環境が把握できたところで、清掃活動の内容を紹介致しますが、その前に鯛崎島の草刈りのルーツを解説…。
 私たちの会発足にあたりましては、宮窪の各種まちづくりグループ有志の賛同を得ることになりますが、なかでも伝説的なまちおこしグループで知られた“水軍ふるさと会”の話題を触れないわけにはいけません。ふるさと会は、水軍レースや元祖・潮流体験を手掛けたことで知られますが、市町村合併前年の平成16(2004)年夏に、自分たちの役割は終えたとして解散します。メンバーの一部は、引き続いて当会の活動に加わり、牽引役を果たすことになりますが、そのふるさと会が平成4(1992)年に能島と鯛崎島の雑木刈りを行っています。
 彼らの活動によって、島の段丘がはっきり見えるようになり、城郭としての魅力もひきたちました。興味深いのは、このときの作業で祠の厨子から弁天像が発見され、その文化財価値が確認されたことです。像の台座に施主や造立年が記されているようで、その詳細は『文化財散歩』(宮窪町教育員会/平成5年)や『宮窪町誌』(宮窪町/平成6年)に記されています。□永廿年と解読していますが、磨滅した□が“寛”の文字であるならば、この像は1643(寛永20)年の造立となります。ただ、八木清兵衛という人物名も記されることで、江戸後期や明治期の可能性も考えられます。画像を見て、皆さんはどう感じますか?
 そんな歴史的背景を念頭に入れつつ、作業内容の紹介ですが、大きく2つに分かれます。1つは、その大切な弁天さんの祠内部の掃除とお供え物の交換です。弁天さんが、美しく正月を迎えられるよう、オモチ・ミカン・お酒などをお供えし、以前にお供えしたシキビの交換も行いました。作業直後の厨子の様子は、画像の通りとなりますが、神々しく、美しいお姿ですね。
 もう一つの作業は、頂上平坦部の草刈りとなります。手でむしりとるもの、道具で刈り取るもの、機械を使うものに分かれ、2時間余りの作業となりました。鯛崎島にも桜の木が植えられていて、放っておくと、これを竹が覆いつくすかのようでした。史跡保存を考えるうえで、桜の植樹は好ましくないようですが(根の伸長で遺跡破壊につながる)、満開の鯛崎島で花見をするのも乙だなぁと感じました。
 以上2つの作業を終えると、全員がそろって弁天さんに手を合わせ、祠の前で記念撮影を行いました。いい新年を迎えることができますように!



広報担当 大成