夢の海賊帝国
 宮窪町は、昭和48年に愛媛県より「能島水軍の里」に指定された町で、町内のいたる所に、水軍関係の遺跡が眠っています。これまで、国指定史跡の「能島」や、見近島などの海城には多くの関心が寄せられ、度重なる発掘調査が行なわれてきました。しかし、宮窪町の陸地部に存在する遺跡に関しては、十分な関心が払われてきたとは言えません。
 村上武吉関係の古文書に残された「敵水の手まで攻め入る小見山にたてこもっている…」という記述は、能島ではなく、他の城の存在を示すものです。また、数年前に行なわれた武吉没後四百年法要記念シンポジウムでは、研究者によって「能島の陸の城」の存在が報告されています。それにも関わらず、陸の城を裏付けるような城の発掘は進んでいません。近年、「海賊の城」と伝えられる宮窪町陸の城山と呼ばれる土地(山野遺跡)の一角から、偶然にも古備前の壷が出土しました。その後の試掘調査でも、海賊時代の遺物が多数発見されましたが、いまだに本格的な発掘調査は行なわれていません。
 また、最近、能島や見近島ではなく、宮窪の町中の工事現場から、海賊時代の瓦が多量に発見されました。戦国時代の宣教師ルイス・フロイスの見聞録には「瀬戸内海最大の海賊能島殿…大いなる城」と書き残されています。この瓦がルイス・フロイスの記述した「大いなる城」のものであるとすれば、「海賊帝国」が当町の陸地部にも広がっていたことの裏付けとなります。これは、あくまでも「大いなる城」の一解釈ですが、当時一般の建物に使用されることの少なかった瓦が陸地部で発見されたことにより、海賊城本城が陸地部にあった可能性が具体性を帯びてきます。
 さらに、町内には異人の墓と伝えられ、現在でも祀られている七基の石塔があります。この墓には中国からの渡来人の墓であるとの伝承があります。それを物語るように、町内の発掘現場からは、多量の中国の陶磁器が出土しています。しかしながら、この石塔に関しても発掘調査が進んでおらず、中国との交易の存在をはっきりと語れないのが現状です。
 以上のように、当町には海賊の歴史があるにも関わらず、文化遺産としての考古史料は十分に活用されていません。それどころか、大切な遺跡が知らぬ間に破壊されていることも多々あるのです。このような問題は、当町が文化財の保護地域であるにも関わらず、調査が進んでいないことによって、住民が海賊の遺跡の価値に気付いていないことによって起こっていると考えられます。「能島水軍の里」として指定された当町としては、積極的に発掘調査を行ない、遺跡を保護しながら活用の仕方を考えるべきです。そして、海賊時代の遺物の価値を高めるためにも、調査結果をマスコミ等に公表し、さらに、住民の意識も高めなければなりません。能島村上海賊の歴史を一刻も早く解明し、宮窪町を訪れる人びとに、「夢の海賊帝国」を紹介したいものです。
 現在、当会では駐車場と遊歩道を整備して、宮窪町を訪れる人びとに町中を歩いてもらう計画を立てています。狭い町ですから、一時間も歩けばどの目的地にもたどり着きます。遊歩道には海賊の史跡を結んでいる昔の道を利用し、宮窪観光の中核施設(カレイ山地区ゾーン・村上水軍博物館・石文化運動公園)を結びます。また、町内には瀬戸内海の原風景を彷彿とさせる古民家が点在しています。このような古民家を整備し、遊歩道でつなぐ計画もあります。さらに、宮窪町の沖合い約500メートルに浮かぶ鵜島の町並みは、現在でも古風をとどめています。鵜島には海賊時代から伝わる歴史があり、ひっそりとした島の暮らしは平和そのものです。鵜島の風景は、まさに瀬戸内海文化遺産と呼ぶことができるでしょう(添畑薫氏談)。観光客の皆さんに、海とふれあう機会や懐かしい風景との出会いによる癒しを提供するためにも、瀬戸内海の島々の原風景が残る鵜島の魅力を十分に活かし、宮窪と鵜島をつなぐルートを開拓しなければなりません。
 また、本町で行なっている小早船の櫓漕ぎ競争「水軍レース」は、後世に残したいイベントのひとつです。水軍レースには、毎年、全国各地から参加者が集まり、テレビでも放送されるほどのイベントに成長しました。しかし、水軍レースで使用する和船を造ることができる船大工が、現在、消滅の危機に瀕しています。この事実は、和船に携わる瀬戸内海の関係者によって開かれた「和船サミット」によって明らかになりました。世界でも類まれなる技術を誇る、和船の文化を後世に継承していくために、船大工の後継者の育成が急がれます。現在、本会会員の松下哲雄氏が「瀬戸内和船工房」を立ち上げ、造船技術の保存と継承に取り組んでいます。本会でも、松下氏の活動を支援するとともに、今治市の進める日本海事都市構想の一環として、市を挙げて和船の造船技術の伝承に取り組んでいただけるよう、声を上げていきたいと思います。
 本会では、以上のような計画のもとに、宮窪町の歴史と自然に価値を見出し、「夢の海賊帝国」実現に向けて、島づくりに取り組んでいきたいと考えています。